シブマガ Vol.1 掲載 | 100年後の渋家 (1)

地下鉄渋谷駅を出て5分ほど歩くと、それまでの町並みとは少し違った風景に出くわした。少し古びた家屋が立ち並び、他では殆ど見ることのなくなった子供たちが、ボール遊びや鬼ごっこに興じている。

案内人の神崎さんによると、この一帯は渋谷の村と呼ばれているらしい。かつて文化的中心地であったと言われる渋谷は、度重なる再開発によって、今ではあまり人の住まない、巨大な倉庫の立ち並ぶ、企業の管理区域へと変貌した。全てがネットワークを通じて供給される現代において、物流は渋谷なくしては成り立たないと言って良い。それもこれも、渋谷が交通網の中心であったからこそのことなのだろう。2114年の現在において、都市の中心部に住むような数寄者は、なかなか居ないと言ってよい。

「なぜ、そんな場所に彼らは住んでいるんですか?」

私は当初から感じていた疑問を初めて口にした。現代において、都市の中心部は精神的・肉体的ともに健康を害する、というのは医学上の定説にすらなりつつある。物質の流動性が高く、機械化が発達し、環境の汚染されている都市部よりも、必要最低限の開発により、自然環境が保たれたまま、最も人間が住み良い環境へと整備された土地に住むことは、厚生労働省の健康管理マニュアルを読むまでもなく、当たり前のことだった。

「彼らはね、健康よりも大切なことを今でも探している、末裔なんだ」

神崎さんは冗談とも本気ともつかない口ぶりで言った。21世紀の半ばごろに起きた、寿命の大幅な延長と、それに伴った人口のバーンアウトから、人々は誰しも「自分が誰よりも長生きすること」について争い始めた。それは最初、大規模な戦争という形をとったが、21世紀後半の大規模な人口減少を経て、今では誰が最も健康的な環境を確保できるかという静かな戦争が行われている。かつて子供に託されていた未来は、今では自分に託すためのものとなった。いかに自分が未来まで生きるかを考えることが、私たちの社会をより良くするのだというのが、近年の社会思想における基本的な考え方だ。

「どうやら彼らは、今でも子供に未来を託しているらしい」

私のぼんやりとした興味を察知したように、神崎さんは続けた。

「僕が定期的に彼らとコンタクトをとり、どんな生活を送っているのか観察しているのは、文化人類学的な興味が強いんだ。今では殆ど少数民族と言われる人たちも居なくなって、我々はかなり似通った社会思想をベースに生きているわけだけど、僕はそのような状況に、少しだけ危機感も感じていて、こういう特殊な人たちと意見交換することで、これから自分の未来をどうするのかについて考えたいんだ」

一般的に子供を産むことは、女性への負担も大きく「あまり健康的ではない」というのが、誰しもの共通認識だった。人口子宮を始めとした出産に関する技術の進歩は当然あるが、それにも増して人口を増やすことは、健康維持のための静かな戦争へと、新しく一人を加えることに他ならない。そのようなことは、なるべく抑制していくというのは、国際連合や世界保健機構を通じて各国にも通達されていた。

「彼らの寿命はどれくらいなんですか?」

「人によって異なるらしいが、どうやら50年~100年くらいが限界らしい。そりゃこんな所に住んでいて、あんな生活を送っていたら、精神や肉体にも過剰なストレスがかかる。人間は誰かと一緒に暮らすことは、なるべく避けるべきなのに、彼らは歩いて行ける距離に、百人も人が住んでいる」

神崎さんは少しだけ、羨ましいような口ぶりで「異常だよ」と付け加えた。私は今の自分にとって、健康を害してでも欲しいものはあるだろうかと考えた。しかし健康を害するものを想像するよりも、どうやったらより健康的な環境が手に入るのかばかりが頭に浮かび、あまり何も思い浮かばなかった。そうこうしているうちに、目の前には小さな窓が九つある、古びた家屋が見えてきた。ガレージには今や滅多に見ることのない、家庭用自動車が置かれている。どうやらここが、渋谷の村の中心的な建物であるらしい。ここで村に訪れたことを説明し、入村証を受け取るようだった。

齋藤恵汰 - made by 渋家 and 渋都市

美術家/文化事業家/渋家株式会社取締役 齋藤恵汰